写真で綴る10月1日香港デモ(銅鑼湾)
香港警察が「非常に、非常に危険」と警告したように、10月1日は相当危険が予想されたし、午前11時にはデモが行われる場所の地下鉄各駅が封鎖され、移動が困難になった。このため、デモ参加者は「 勇武派」と呼ばれる過激派ばかりだろうと思って、 テレビで各地の状況を見守ることにした。でも、香港島の繁華街・ 銅鑼湾で午後1時から始まったデモの様子を見ていたら、 これまでのように早い段階なら大丈夫そう( 香港のデモを現場で見続けてきたことによる勘)だし、 歴史的な一日だし、と思いなおし、 危ないと感じたらすぐに引き返すことにして、 とにかく歩いて銅鑼湾をめざした。
家を出て炮台山のトラム通りに出ると、 年配者も含めて黒服姿の市民が銅鑼湾に向かって歩いていた。
果たしてそこには、想像以上の「市民のパワーと叫び、そして破壊」があった。 私が見た一部を写真でアップする。(14:25‐17:02、 炮台山から湾仔までの光景)
その後は、おびただしい破壊と、デモ隊と警察の激しい衝突。地元テレビでは、閲兵式を通じて建国70周年を華やかに祝う中国本土の様子と、 暗黒の香港のどちらも報じていた。強国の道を突き進むことに自信と歓喜する中国本土の市民と、自由と民主を通じて個々の尊厳を訴える香港市民。いずれも中国だが、対照的な2019年10月 1日だった。とはいえ、6月に大規模デモが始まって以来、1日あたりで過去最多の拘束者を出し、警官の発砲で負傷者まで出た香港。これから一体どこに向かっていくのだろうか?
炮台山から銅鑼湾を目指して歩く市民。地下鉄銅鑼湾駅が閉鎖されたため、歩いて銅鑼湾に向かう市民たち
銅鑼湾から中環を目指すデモ参加者。「香港人加油」「時代革命」「光復香港(香港を取り戻せ)」などと力強く叫びながら行進していた。
「国を祝うのではなく、葬る日」としていただけに黒基調の三角旗を掲げていた。(銅鑼湾そごう前)
スローガンは道路の至る所に(トラム通り)
スローガンの旗を持って歩く若者
10月1日を揶揄する落書きは至る所に
中国の一党体制を批判する落書きなど。デモ行進の途中で書き込む市民は少なくなかった。
黄色い紙などは死者を葬る時に焼く紙。建国70周年と習近平国家主席を批判 (銅鑼湾そごう前)
習近平国家主席を批判。足で蹴ったり、踏みつける市民もいて、顔の部分が擦り切れている(トラム通り)
小さな子供連れ親子も。服装から見て一般市民も少なくなかった。若者が中心だが、年配者の姿も多く見られた。鉄の棒は、本来柵だが、過去のデモでバリケードに利用するため取られてしまった。
長傘を手に黒シャツスタイルでデモに参加した男性たち
衝突の前線に立つ「武勇派」と見られる若者たち
道路を封鎖し始めていた
デモを避けるために多くのショッピングモールや小売店は臨時休業(銅鑼湾・ハイサンプレイス)
レノンの壁のメッセージは親中派により剥がされ荒廃 (銅鑼湾)
銅鑼湾の地下鉄入り口。シャッターを閉めた入り口を外側から封鎖し、ゴミなどを散乱させていた
徹底的に壊された監視カメラ
湾仔では平和的なデモ行進の一本海側の道路で火がつけられた
黒煙が舞う。私はここで撤退
6月以降の香港デモは、顔も黒マスクなどで隠すスタイルが定着したが、今回はこのアノニマスのマスクをした参加者が多かった