香港時間 - Hong Kong Time -

香港の今を、日常から、写真と文で読み解きます

「8・31事件」から一年


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あの8月31日から一年経った。個人的には、図らずも、帰宅途中に香港島・セントラルで催涙ガスを浴びてしまった日だが、多くの香港市民にとっては、九龍半島の地下鉄「太子駅」ホームで起きた警官とデモ隊との衝突で、警察との亀裂が決定的になった「8・31事件」の日だ。事件からのこの一年は、市民にとってどういうものだったのか?

 

https://hongkong2019.hatenablog.com/entry/2019/08/31/234357


一年前、テレビでは、逃げ惑う市民を容赦なく殴打する武装警察の姿が流れ、多くの市民がショックを受けた。香港警察はもはや、かつての香港警察ではないと痛烈に批判した。メディアが締め出された後の密室の駅で何があったのか?若者の死亡説など様々な憶測が飛び交い、警察が否定しても、太子駅の出入口は死者を悼む書き込みや献花で埋め尽くされた。


事件から一年を迎えた今年の8月31日。多くの市民が、「一周忌」の献花に太子駅にやってきた。至るところで武装警官が警戒していて、久しぶりに重苦しい空気が漂っていた。香港国家安全維持法に違反するスローガンも含めて、以前の抗議デモで叫ばれたスローガンがどこからともなく叫ばれた。

 

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(CATVニュース画面から)


この日、少なくとも、16歳ー60歳の14人が、違法集会や公共エリアで秩序を乱したなどの容疑で逮捕されたという。


8月31日と9月1日付け香港各紙は、この事件を振り返る記事が多かった。中でも事件当事者の3人の話しがとても重く感じられた。

 

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(1)「盂蘭盆(お盆)で死者が生き返った」

 

この言葉は、親中派新聞「大公報」のブラックジョークだが、昨年、警官に殴打されて死亡説が出たうちの1人が、1年間の沈黙を破って、逃亡先の英国から顔付きで「オレは死んでない!」と声を発したのだ。


当時、記者が、警官に取り押さえられかかっていた男性に名前を聞き、映像と字幕付きで「韓寳生」と流した。しかし、これは聞き違いで、王茂俊が本当の名前だった。王氏は逃げきれず逮捕されたが、警察の逮捕者リストに「韓寳生」の名前がないことから、行方不明者として死亡の噂が一人歩きしたのだ。


本人は、暴動罪など8つの罪状で起訴されており、罪状が確定したら懲役5ー7年の実刑になる可能性があるそうだ。裁判所への出廷日だった7月17日を前にHKを脱出。英国に亡命した。自分の身を守るためなどの理由から、一年間黙秘してきたという。今後は海外に逃亡した人と共に活動を続けるという。

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(9月1日付「大公報」の一面)

 

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(2)「事件に巻き込まれ人生が変わった」という少年


李君(18)は、一年前の当日着ていたTシャツを警察から返却された時、「よく生きていられた」と思ったという。Tシャツは首回りから胸元にかけて赤茶色に染まり、おびただしい出血量だったことがわかったからだ。


頭を警棒で殴られ、14針も縫う大怪我で9日間入院したという。現場で69人が逮捕されたが、李君はたまたま電車にのろうとその場に居合わせて巻き込まれたという。警察はなぜ、ヘルメットも防護メガネもかけていない、白シャツ(デモ隊は黒色がシンボル色)で無防備の市民にまで無差別に暴力を振るったのか?と訴える。


頭を殴打されたことで今も突然めまいや吐き気に襲われる。しかし、幸い、大学進学テスト(DSE)の受験日には、体調不良にならずに乗り切った。今年9月から中文大学に入学が決まったという。


(警察側は、李君の事案について物品は返したが捜査が終了したとは言っていない)

 

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(3)真実を訴えた先に誹謗中傷や就職難が待っていた


中文大学で行われた学生と学長との対話集会で 、8・31事件で逮捕され、取り調べ中に警官から性暴力を受けたことを明かした吳傲雪さん(当時、中大生)。


顔も名前も出して、警察の非礼行為を訴えた勇気を称える人がいる一方で、沢山の誹謗中傷、嫌がらせを受けることになった。地下鉄の警報音を聞くたびに恐怖で体が震えたり、悪夢に怯えるなど、事件がトラウマになっているという。


成績はトップクラスで、幼児教育学士を取得して、中大を卒業した。昨年末から、幼稚園や社会福祉機関など約10社に求職の書類を送ったが、なしのつぶて。香港内で更なる進学も試みたが、受け入れられなかった。


8月から友人の紹介で月給3000香港ドル(約4万1000円)のパートを始めた。オックスフォード大の幼児教育のマスターコースに条件付きで入学許可を得たが、卒業して香港に戻っても就職できるのか?という疑問がつきまとうという。「明報」のインタビューで、勇気を出して発したことに後悔はしていないが、学業のように、努力すれば結果が出るのとは別次元の厳しい現実を突きつけられたことに、落胆しないと言えば嘘になる、との心境を語っている。


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昨夏以降の反政府デモでの逮捕者は9000人に上るが、今後多くの若者に重い現実がつきまとうことになるのではないだろうか。

 

(冒頭の写真は、今年の8月31日撮影。「8月31日 嘘の上塗り」と書かれている)